㉙息子の少年野球に注力

家庭教育

 私自身、小学校時代はソフトボールが大好きで(少年野球チームが無かったので)、中学校は迷わず野球部に入りました。教員になって野球部の監督をして6年。しんどかったですが、勝つ喜びも知り、指導のノウハウも学んだつもりでした。

 息子が小2になり、とにかく体を動かすことが好きで家にいることはほとんど無く、常に外遊びをしました。家内も連れて出るのが大変そうなくらいでした。休日には息子の通っている小学校に行き、キャッチボールをしたり、サッカーをしたりと暗くなるまで遊びました。その時に少年野球の練習をしていたので邪魔にならないように隅で遊んでいました。私としては野球をして欲しいと思いながらもサッカーでもいいかなとは思っていました。

 3年生になり、同級生が次々と少年野球に入りました。「お父さん、ぼく野球ならいたい」そう言い始めたのが5月中旬。それなら…と体験入部に申し込み、すぐに手続き。グローブもバットもユニフォームも買って、練習に臨みました。9月までは練習試合も含めて1試合も出られずにいましたが、9月中旬に新チームになります。5年4年を見ているとどうやら外野のポジションが空きそうです。すぐに外野のポジションを取れるようにとレギュラーを目指して毎日特訓が始まります。比較的勤務自体は楽だったので毎日16:45には家に帰ります。勤務校は5分で通勤できました。そのときに息子は学校から家に帰りすでに宿題を済ませています。グローブとバット、ボールを準備し「さあ、行こう」とすぐに出かけます。16:50には練習が始まります。

 毎日、キャッチボールから始まり、すぐに外野ノックです。中学校の監督をしたのが役に立ち、外野ノックもかなり正確に打てます。前、横、後ろといろいろな方向に打ち、返球もしっかりさせます。その練習が功を奏し、2枠しかない3年生の残り枠に入ってセンターのポジションを確立させました。バッティングもバントやバスター、内野の頭越えを練習し、2番で常にスタメンです。チームはあまり強くなかったですが、それでも2番センターで試合に出ない日は無かったです。

 4年生になり、今度は1番センター。四球やヒットで出塁し即2盗3盗でスクイズかゴロゴーで生還。先取点をほぼ取ります。そして今度はピッチャーの練習です。どうも投げたい気持ちがあるようで、今度は毎日の練習にピッチングも加わりました。どうしてもピッチングが間に合わないときは夜7時ごろに再び学校に行き、学童が通る通路の明かりで投げ込みます。その成果もあって何度も試合で使ってもらえ4年5年の1年で5勝することができました。

 最終学年ではキャプテンに選ばれ、ショートを守り、1番3番4番で出場。投手2人体制で2番手ながらエースが故障中は1人で2日で4試合を投げ抜き年間20勝を挙げました。

 その後は中学校、高校と野球を続けました。中学ではエースで4番、高校でも4番を張り、最後まで野球を全うすることができました。やりたくなくなることがあったり、不真面目でこちらがブチ切れることもありましたが、仲間がよく、最後は指導者にも恵まれ、11年の野球生活を終えました。

 ここまで野球に関われたのはやはり勤務がそうきつく無かったことがあるからです。中学校勤務なら部活指導で息子の試合を見に行ったりはできません。忙しい学校なら16:45に帰れたりしません。そんな息子の野球に付き合えたのもこの頃から意識し始めた「定時退勤」ができ、「面白く」教員が勤められたからではないかと思います。確かに実験講師や前述の体感型大型実験装置の準備はどうしようもありませんが、それでもほとんどの時間は家にいられました。これをきっかけにこれからも時短をしなければと本気で考えるようになりました。

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