ちょっと時期は前後しますが、小学校教員になって2校目の超小規模校で1年間勤めた後、教職員組合員を辞めました。当時は私の勤めるエリアではほとんど100%教諭は組合員でした。臨時教員も可能な限り組合員になり、組合推薦という形で採用試験に臨んだりしました。中学校勤務の際も全員組合員で組合vs管理職というのはよくある光景でした。その交渉の中でいろいろな待遇を勝ち取ってきた面はかなりあったと思います。
小学校2校目の異動で町(今では市ですが)が変わり、組合活動に対する考え方がかなり違って思えました。対管理職・対教委の意識があまりなく、かなり言われるがままという印象でした。私も異動して1年目なので思ったこともあまり言わずにいましたが、女性教員へのパワハラがあり、それに対してほとんど対応しない姿勢をとっていた分会、組合に対して違和感とともに無力感を覚えました。個人的にはこの学校で勤め始めたとき「お互いに『先生』とは呼ばないようにしましょう」と言われ、これはかなりいいなと思ったのです。学校の先生は職場内でも職場外でもどこであっても「〇〇先生」なのです。これが一番教員の社会性を阻害させている要因だと何度も主張しましたが、そうはならない体質がありました。それがいきなり「先生」と呼び合わないことを分会で話すなど、とてもいいと思ったのです。でもそれだけでしたね。やはり、言うべきは言うという姿勢を持ち続けない組合は組合ではありません。戦い続けて欲しいと正直思いました。
2年目の12月、支部としても次の組閣を行います。組閣までに辞める決意を表明しておかないと次の人事にも影響しますので、支部に「組合を辞める」と報告に行きました。「辞めたい」ではなく「辞める」にしないと必ず説得をされるに違いないと思ったからです。「辞める」にしても結局説得に何度も来られましたが応じる気はなく、1月の組合費から支払わない意思を告げました。
私の県では(エリアでは…ですが)、組合員でないと教頭試験が受けられない、主事試験も受けられないという暗黙の了解があります。組合を辞めるイコール教頭や教委には行かない(ならない)という意思表示なのです。元々管理職や行政職への思いは1ミリもありませんのでそれは何とも無いのですが、そのことを理由に支部の方や管理職までもが心配して…という名目で何度も相談に来ました。もちろん辞めるのを阻止するためです。「有能な方が教頭にもならないなんてもったいない」そう言ってくれる方もおられました。有能でもないし、管理職への気持ちもないことを伝え丁重に帰っていただきました。ただ、他校にどうやら「追随」される方がおられたようで「一緒に行動を起こしましょう」などと連絡がありました。もちろん「1人で大丈夫なので」とこれも丁重にお断りしました。
41歳で組合員を終え、そのまま定年まで組合に入らずに終わりました。組合員は我々のことを「非組(ひくみ)」と呼びます。「非組は変わり者が多い」などと揶揄されますが、変わり者で結構。それでずっと組合の集会にも行かず、動員も無く、心豊かに毎日を過ごせました。もちろん組合費を払わなくてもいいので、「もし払ったことにして貯めておいたら」と皮算用をしてみたら41歳から61歳までで200万円は貯金ができていたはずなのです。うーん、これはさすがに無いですね。今思えば「払ったこと」して貯めておけば良かったと思っています。残念!


コメント