㉓小規模校で好き放題

授業と学び

 初めての小学校教員の学校はとてもきれいで新しく働きやすかったのですが、2年で異動になってしまいました。新しい学校はさらに近くなり、車で5分で通えます。児童数93人の超小規模校です。

 少しはタイトル回収をしなければなりません。基本は「もっと教員を面白く」です。中学校教員も面白くないことは全然なかったです。特に最後の3年間はきつかったけど、やりがいはありました。自分で思ったことがそのまま実行できるのは本当に楽しいものです。本日のシフトを組むと誰もがその通りに動いてくれ、問題行動があっても、その対応をすれば喜んでくれます。立ち番も嫌がらずやってくれ、新聞にも何度も出ました。カウンセリングルームを作りたいといえば1週間で何とか予算を取ってくれました。3年で異動と言えばその通りになります。

 我がままかも知れませんが、思った通りになる心地良さは何にも代えがたいものです。小学校ではそうは行きません。まずは新任と同じで何も分からないのです。意見も通りませんからできるだけ黙っています。怪訝な態度で応対されますがじっと耐えます。でも女帝と仲良くなり、相棒もできて本当に楽しくなりました。

 そこでまた異動です。3年生10人の担任です。今までで最少人数です。中学校では44人まで担任しました。教室は2列で終わりです。何とも「教員を面白く」できそうです。この頃、学習指導要領が改定され、総合的な学習の時間が週3時間になり、何をもって総合か…なんて分からないまま運用が始まりました。3年生の児童10人と一緒にまずは校区を回って発見をしよう!なんてテーマを決め、「走れ〇〇(地域名)探検隊」のようなキャッチフレーズでとにかく自転車に乗って校区を回りました。私もリサイクルショップで5000円の自転車を買い、毎日のように自転車で町探検です。いったいいつ授業してるんだ?なんて言われていました。

 この時が一番面白かった時かもしれません。総合が何か分かっておらず、こうやって外向きに活動していると何とはなしにやった感があって、注目はされます。それをウェブにも載せたものだから(当時ホームページを作ることさえできたら総合ができたって感じでした)、さらに注目を浴びました。顔もそのまま出したので今では考えられませんが、いろいろ文句を言う方は自分ができない方だったでしょうね。「すごい!」とばかり言われ続けいい気になっていました。この学年を4年も持ち上がり、その次は3年生担任。だからずっと「走れ!」をしていたのですね。楽しい時間でした。

 でもこんな小さな学校にも「女帝」はいました。最初は口もきいてもらえませんでしたが、どこかで認めてもらえるところがあったのでしょう。今でも付き合えるくらいの仲になりました。

 この年は大きな全国レベルの研究授業もしました。そしてその授業当日が家を建てた棟上げの日でした。いろいろドラマが重なるものです。どうやら少しずつ「面白く」にステップアップされてきましたね。

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