理科教育

理科教育

⑩理科に注力、大学院受験

22歳で教員になり、文系出身でありながら、「小学校教員ゼロか?」の報道を見たことから急遽3年生の途中から中学校理科の免許を取り始めた私ですが、毎日の授業を行いながらどうしようもない不満と不安が心をよぎっていました。「理科をもっときちんと勉強したい」そんな思いでした。4年も5年も中学校教師を続けていると、初年度のような生徒が指導下に入らないことも少なくなり、難しい子も次第に心を開いてきたりして、上手くいかなかったことが上手くいく楽しさを感じ始めてきました。確実に教師として成長してきたのでしょう。難関だった部活動もバスケットボール部を離れる際は今まで教えていた2年3年の部員たちが涙を流してさよなら...
理科教育

⑥時間のかかる実験準備

22歳の教員1年目、学級担任なし、2年生4クラスの理科授業12時間と1年生技術の6時間で計18時間の授業を週に行います。メインの校務分掌は警備防災。これは新任教員の登竜門でしたがそれでも年に2回の避難訓練を仕切るだけなのでそんなに負担ではありませんでした。理科の授業は毎日準備をして実験をしっかり行い、上手くいかないことも多くありましたが、自分がやろうとしたことなので何とかやっていけたと思います。とりあえず理科で自分より知識があってやり込められるような生徒はいなかったですから。ただ、かなり荒れた学校で、多くの先生方がその対応で苦慮されていました。自分の中学校の頃はどれだけみんな真面目だったんだろ...
理科教育

③採用試験はまさかの卒論実験

何とか2つめの投稿ができそうです。小学校教員養成課程4年でもちろん採用試験を受けます。3年生のとき、たまたま実家に帰って読んだその県の地方紙に「○○県、○年度の小学校教員採用ゼロか…」と記事が大きく出ていたのです。小学校教員になろうと大学を受けたのに「ゼロ」では困る。どうしようと途方に暮れました。 3年生で少し取りかけていた中学校理科の免許ですが、この際に1級(今の1種)にしようと後期は単位を爆取りしました。そして願書は中学校理科で出して中学を受けます。他県の大学に行っていたので自分の県のしかも中学を受ける友人はゼロ。最終的に小学校は100人程度の採用をすることになったらしいのですが、すでに受...
理科教育

②48年前に教員を目指す

私は中学校のとき教員を志しました。もちろんまだ漫然とでしたが、中3でほぼ確定したと思っています。両親も祖父も農業を生業としており、私も小3からずっと春夏は毎日のように手伝いに時間をとられていました。学校から帰ったらちゃぶ台に「○○に来ること」と書いてあります。○○は田んぼもしくは畑の名称です。それだけ多くの面積を耕作していました。メインは葉たばこでした。米作と比べ大変手がかかるのですが、それだけもうけもあるのでしょう。父はどんどん面積を増やしてきました。もちろん専業農家です。 3時半頃からたばこ畑に行き、7時頃に帰ってきてすぐに夕食。そして9時から12時頃まで収穫した葉たばこを乾燥する段取りを...