9月に合格発表があり、無事31歳で大学院生になることが確定しました。ありがたいのはそこから半年間、すでに来年はこの学校にいないのが分かっていて指導が続けられることです。多くの異動は本当に直前にならないと分かりません。ですからこの子たちにこんなことをやってやりたい。でも来年もあるからそれからでもいいか…と考えても来年が分からないのです。私の場合は半年後確実に異動するのが分かっているので中2のクラスの子に、そしてその学年の生徒たちにできることをぜひしてやろうという気になりました。
とは言っても大学院進学のことをしゃべるわけにはいきません。同僚にも話さなかったのですが、10月くらいの会議で「○○先生が確実に次年度いないのは決まっています。だから△△と□□、さらに××はきちんと引き継ぎをしておいてください」。そんな指示がありました。もう今言うんだ…と思ったのと、さすがに9年目ですから、そこそこ中堅として重い仕事も持たされています。4クラスある担任の中でも実は最年長だったのです。しんどい子ももっていたのでそれを次は誰がもつかも大きな問題でした。
事件があったり、トラブルがあって遅く残ることもありますが、「○○さんは来年いないからこんなこともしなくてよくなるね」。ちょっと皮肉っぽく聞こえますが、まあ餞(はなむけ)と取りましょう。しっかり理科の指導記録を残すこと、クラスを最後までまとめること、校則検討委員会の委員長として長髪を認めたことでの「その後」の指導を最後まで行うこと、個に応じた多様な学習検討委員会の委員長として、選択教科に関する記録を残し、次年度に引き継ぐこと。これらが私に残された大きな仕事でした。
半年後に確実に異動することが分かっていてさらにその2年後にはまた、確実に勤務校に戻ってくることも分かっている…というのは理科室に大量の私物の機械や手作りの実験装置を置いている私にとってとても大きなメリットでした。9年分の教材や機器については、異動になるとこれらの荷物の引っ越しが大変だろうなと思っていましたが、確実に2年後にまた使えるのでそのまま置いておけます。さらに言うと理科教師は3人いましたが、私以外はあまり理科室を使って実験することも無かったので(教室でワークを中心にされていました)、多少場所をとっても問題なさそうでした。
かくして本当に理科をもっと勉強しようと思って大学院に行くことになった私ですが、ここで大失敗。実は10月中に入学金を入れなければならなかったのですが、そんなことはどこ吹く風で完全に忘れていました。大学から「入学金が入っていません」と恥ずかしい電話をいただきました。県教委から推薦で大学院入学しても、もちろん通常の学部生、院生と同じ額の入学金と授業料は必要です。あまり貯金が無かったので焦りました。何とかかき集めて入金。前代未聞だったでしょうね。もちろん3月には授業料も振り込みました。
とは言え、給料を今までと同じ額をもらいながら、2年間も勉強できるというのはこの上ない幸せなことです。入学後に待っている地獄を何も知らずにただただ、入学の日(内地留学とも言うそうです)を待ちわびている年度末でした。


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