⑫壮絶な大学院1年生。テーマ決めに困窮

理科教育

 振り込みが遅れて迷惑をかけた入学金も前期学費も支払い、引っ越しも行って4月には大学院生になりました。この大学には寄宿舎があり、大学生や単身の院生はいわゆる昔ながらの6畳1間の共同風呂、共同トイレの寄宿舎ですが、私のような家族持ちは「世帯用寄宿」に住むことができました。狭いですが、4.5畳、6畳、2畳の3部屋で4.5畳には別でキッチンがついています。もちろんバストイレ付きです。夫婦と2歳の幼児1人が住むには十分です。これで9500円(単身用は3000円)。なんと安いのです。毎日講義を受けますが、寄宿舎は大学構内に設置してあるので講義棟まで歩いて5分程度。何ともありがたい限りです。

 入学式の後、オリエンテーションをいくつかこなし、何となく今後の2年間が見えてきた気がしました。そして一番大切なのが教官との懇親会でした。「どんな研究をするか」というのは「どの教官につくか」ということになるので、おぼろげなく環境教育を研究したいと思っている私にとってそれはもうY教授の研究室に入るしか選択肢はありませんでした。

 ところがY教授は大変有名な教授で全国に講演に行ったり、著書も多く、その研究室に入りたいと思う院生はとても多かったのです。私以外にも環境教育をしたい院生がいました。さらにY教授は生物学(特に植物学)が専門なので、ダンゴムシの研究がしたい院生、植物全般(最後は気孔の研究でした)を研究したい院生、モグラの研究がしたい院生、ブナ林の研究がしたい院生、すべてがY研究室を希望していました。他にもいたようですが、とにかく人気なのです。そのとき私は知りませんでしたが、分野を限らずY研究室に院生が多く所属希望を出すのは、Y教授が直接指導するわけではなく、他の研究者を紹介することが多いのだそうです。Y教授は理科教育研究室ですが、もう1つ理科教育のゼミがあり、そこは全く「教育学」の理科教育で、実験や観察を伴いません。他に物理2つ、化学2つ、地学2つ、生物も2つの研究室があります。「教育学」の理科教育研究室以外はほとんどプロパーといって理学部的な研究を行うことが多く、とても私にはついて行けそうにありません。同じ研究室で1つ上の先輩が6人もおられ、その方たちも全員誰かを紹介され、他大学にも行って研究しているようです。

 とんでもないところに来てしまった…。本当に私はそう思いました。理学的な素養は何一つもなく、大学の理科研究室でも「理科教育」の専攻でキク科植物の染色体観察という何とも理学っぽいですが、それだけをやってきたのみで、物理も化学もほとんど高校ですら記憶がなく、純文系の理科教師で院生なのです。プロパーをやってうまくいくはずがありません。

 同期の院生は教官との懇親会ですでに研究テーマについて一杯飲みながら教官と語り合っていました。私は何を研究するかよりも行くところも無く途方に暮れている状況でした。
「研究室の予算枠があるからあまりに偏りすぎないように」そんな指示を代表の教官が与えてくれますが、私にはもうY教授しか無いのです。いろいろ他を勧められましたが、じっとしがみついて第2希望も書かずにY教授の理科教育研究室に潜り込むことに成功しました。

 「環境教育なんて研究にならないんだよ」。研究室開きのときに私が希望を言うとY教授からの真っ先の一言がこれでした。環境教育だけを頼りにここまでしがみついてきたなれの果てがこの一言なのです。他にも4名の院生がいました。2人はブナ林とモグラで確定。もう1人どうしても環境教育を譲らない院生とまだテーマに迷っている院生2人。そして6人の先輩院生、さらに院生では無く「研究生」として高校の先生も研究室に配属されていました。研究室には植物大好きの女性が常駐され、狭い6畳くらいの部屋に14人も詰めている超濃密な研究室とあいなりました。

「環境教育なんてせずに卒論のキク科植物の雑種変遷を続けたらどう?」先輩に勧められ、それもありかな(他の院生はどうも外部に指導者を頼まれるようだし)とも思い、何度か母校を訪れ、当時の教授に教えを請うたこともありました。

 でも「せっかく大学院に入って希望するY教授の研究室に入れたのに、何で他大学の教授に指導を受けなければいけないんだ」「教員として大学院に来たんだからプロパーの理学よりも教育学に関連した理科をするのが本筋なのでは無いか」そんな疑問がぐるぐると頭の中を回り、テーマが決められないまま、1学期を終えてしまいました。もう4分の1が終わっているのです。焦りました。その焦りの中で、自然体験イベントの講師を頼まれ(Y教授への依頼だったのが多忙で私に回ってきた)、科学体験イベントが東京であり、その事務局を務めたり、一部講師をやったりしました。そのイベントの実行委員長がY教授だったのです。そうして7月末から8月もずっと一緒にイベントや講演に一緒に付き合いながら、心では「修論テーマはどうしよう」と悩んでいました。イベントの終わりにY教授から「こんなにイベントや体験教室で活躍できるんだから、それをテーマにしたらいいんじゃないか」「イベント講師そのものじゃ無く、フィロソフィを与えてそれをクリエイトする方に回ったら研究になる」そんなサジェスチョンをいただきました。

 「これだ!」と思いました。そのフィロソフィをインテグレイトしたものが研究になり、論文となり発表するに値する…その意味は大きかったのです。最終的にはイベントクリエイトでは無く、もっと根底に流れる体験を体系化したものをテーマに研究することになったのですが、その成果は今のイベントクリエイトにしっかり役立っています。

 こうしてテーマも決まり、学会で発表する準備もしながら1年生を終える頃になりました。その中でまたも大きな出来事が訪れました。最終的には何とかしましたし、今にも通じることになりましたが、そのときばかりは…めっちゃ焦って大変な毎日を過ごしました。そちらは次回に記します。

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