10人という少人数学級を持ち上がって4年生担任をした頃、よく名前を知らない出版社から実験本のオファーがありました。10人くらいの分担執筆なので特に難しくは無かったのですが、久しぶりに「本を書く」と言う作業を行い、「原稿締切」「校正」「再校正」などという言葉が飛び交う世界に身を置きました。まあ数ページなので大したことはありません。
ところが、大学院時代に執筆した明治図書の編集者と久々に当時の本のやり取りをしていたところ、「授業で使える理科に関する書籍を各学年で4冊ほど書いてもらえませんか」とかーるくオファーされてしまいました。「分かりました」と返せば、即執筆になるみたいです。前回は本来の著者がどうしても書けないということで「代打」で私が2冊書いたのですが、今回はどうも1人で4冊書くことになるみたいです。うーん、と即答は避けましたが日々悩みました。とりあえず1人で4冊は難しそうなので実験サークル活動(後述します)の盟友2人に電話し、3人で書こうと話がまとまりました。コンセプトは「良い子の授業ノートを作ろう」ということで板書や実験ノウハウではなくて「子どもがノートに書く内容を4年分まとめよう」となりました。
4冊は分量が多すぎるので「3・4年編」と「5・6年編」の2冊に分けました。3人で執筆内容を分担し、それぞれの得意分野をだいたい同じページ数になるように分けました。イラストも自分たちで考えました。私は手書きでちょっと子どもが描いたように味付け。盟友のうち1人は絵が得意なので詳細なイラストを描き、もう1人は手書きにならずパソコンでドローイングされていました。どちらも私より年上ですが、一応実績もあるということで私がトップオーサーになり編集も行いました。編集と言いながら分担の指示、イラストの可否や内容の共通理解など編集作業以外のことに多くの労力を使いました。ノートページよりも時間を割いたのはその上や右横左横にちょっとしたノウハウや豆知識、実験の注意などを全ページ載せることにしました。「転ばぬ先の杖」「ベテランのノウハウ」「小ネタ集」などです。読んでいてクスっと笑いたくなるような、コーヒーを飲みながらでも読んでもらえるような内容を満載しました。その選定や内容もですが、一番苦労したのは盟友2人の内容を吟味することでした。
実績もあり、年上の方の内容を「やり直し」させるのは大変です。心を鬼にして指示し、直してもらいました。さらにもっと編集として大変だったのは「督促」でした。一応提出期限に少しは余裕をもって書くことにしていました。全員揃わないと提出できません。その期限をなかなか守ってもらえないのです。これには困りました。3人とも現役の小学校教員。年齢的には中堅からベテランになり、学年主任をしながら担任を持っていたり、生徒指導や研修部長も兼ねていたりします。学校で仕事をして持ち帰り仕事もあり、授業の準備やクラスの子の対応をした後にこの原稿がのしかかります。それはそれは大変な仕事量だったのでしょうね。さらにすでに2冊の実績があるとはいえ、3人で書く理科授業本は初めてです。検討を重ね、可能な限りダメ出しをして推敲した上での提出となります。
最終的には12月24日、クリスマスイブの日に全原稿をまとめ、一気に出しました。まあ最終的には「もっとゆっくりでいいよ」ということでしたが、遠くに住む3人が顔を合わせず書くというのがこんなに大変なこととは思いませんでした。1月中旬に初校を出し、それが再校、再々校となり何度も校正を重ね、出版できたのは5月中旬。すでに年度が変わっていました。こうして2005年、明治図書から2冊、理科授業ノートなる本が「3・4年編」と「5・6年編」の2冊が出版されました。発売から20年以上が経ちますが、何とこれが2冊とも10版を重ね、これ以降いくつも本を書き続けましたが、この版数にまさる実績は残せませんでした。でもこの明治図書の編集の方との出会いがこれからの著述家(?)としての実績を残させていただくものとなりました。最終的には32冊の本を書くことができました。これは本当にありがたいことでした。


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