中学校部活動のことについて書きます。部活動は「もっと教員を面白く」には到底馴染み無いテーマです。部活動があるから中学校教員は嫌だ、部活動さえ無かったらもっと授業や学級に打ち込めるのに…そう思う先生も多いことでしょう。実際私もそうでした。バスケットボールをしたくて教員になったわけじゃ無い。理科を教えたいんだ(その理科もそんなに得意では無かったのですが)。その気持ちが確かに強かったです。独身のときならまだいいのですが、家庭をもち、子どもが生まれ、その上で部活動に平日遅くまで土日も丸々潰して取り組むというのはどう考えても(その当時も)割に合うとは思えません。無粋な話ですが当時の特殊業務手当は500円です。それも土日丸々1にち(4時間以上)潰してその金額です。しかもどうやらその特殊業務手当を毎月申請するのは変な教員…という偏見がありました。土日頑張って1ヶ月たってもまあ4000円くらいでしょうか。それをもはばかられる空気が確かに存在したのです。
ルールも分からないバスケットボール部を指導し、試合に連れて行き、審判も行い、新婚当時の家内にもあきれられて務めた部活動ですが、1年経ち2年経ちして、生徒も入れ替わり、そして私の個人的技量(?)も上がったのでしょう。部活動がそんなに嫌にはなってきませんでした。とりあえず、生徒から「何にも知らないのに偉そうに言うな」的な目で見られることも無くなってきました。保護者も積極的に応援、引率に参加してくれ、後援会もでき、合宿もしようという雰囲気になりました。14歳くらいの女子が25歳くらいの男性教師にそう嫌がらずに接してくれたのは多分私が早めに結婚し、妻帯者という雰囲気があるからでしょう。結婚式にも多くの部員がお祝いにも来てくれました。このまま女子バスケットボール部でいいかなという空気を私が出してしまったのかも知れません。いかんいかん。コスパタイパの悪い部活なんていずれ廃止されたらいいのにという初期の願望が無くなりかけてしまっています。
そんな折、人事異動で野球部の監督がおられなくなりました。一緒に学年も組んでいた先生なのでとても残念に思っていましたが、宮仕えの身なので仕方ないことではあります。そしてその後任にまさか…私が浮上してきました。自分自身野球は大好きで中学校では野球部でキャプテンでした。あまり上手い方ではありませんが、ルールもよく分かり、多分審判もできます(それが浅はかだったことは審判講習会で思い知りました)。すでに中学校教員4年が経過し、少しずつ中堅の教員の仲間に入ってきたこともあり、打診は即答で「分かりました」と答えることが最もステキだと言うことも理解していました。タイミングのいいことに異動して来られた方がミニバスの指導者だったことも追い打ちをかけました。そして5年目から野球部の監督になったのです。
自分がやっていた、ルールが分かる、そんなアドバンテージは一瞬で消え去りました。指導下に入らないような選手たちでは無かったのですが、前の監督との信頼の違いは行動言動ですぐに分かりました。練習はまあそこそこできました。ノックも積み重ねで上手になるものです。でも問題がありました。それは保護者・後援会への対応でした。野球部は伝統ある部だったので後援会があり、会長・副会長・会計がおられます。何度も県大会に出場している部なので、そうなった場合は寄付金を集める段取りもできています。前年、その前と県大会に出られなかったので、そろそろ今年こそはという保護者の思いも強く、バスケットボール部以上に平日練習、土日の試合には注目されていました。バスケットと大きく違うのはその期待とともに、保護者が少年野球時代からずっと子どもの様子をよく知っていて、その親なりにオーダーが組めたり、試合や練習に対して評論家的意見も持ち合わせていることです。さらに平日練習にもよく顔を出し、経験者も多いのでピッチャーを買って出たり、バッティングの指導をしたりと縦横無尽に動き回ります。一応声はかけてくれますが、この方たちを敵に回すと大変なことになると思いました。指導方針で敵に回すというだけでなく、結果がすべてなので、すぐに負けることになるとバッシングは相当なものになります。小1から少年野球に入り、今年で9年目という選手もいました。私よりよっぽどベテランなのです。
最初の大会、1点を争う試合でしたが、何とかバントとスクイズで薄氷の勝利。2回戦も逆転で勝ち上がりました。準々決勝は楽に勝てましたが、準決勝で3点ビハインドで最終回。それでも無死満塁から好打が連発し、最後はスクイズでサヨナラ勝ち。決勝は負けましたが、上々のスタートでした。地域大会も優勝して最後の大会に出ました。これもスクイズと盗塁、犠飛にも絡めて、決勝に進み、惜敗しましたが、とりあえずの「結果」は出せました。次のチームはいきなり優勝。待望の県大会へと進み、寄付を集めてもらって立派な球場で開会式。2-1で敗れましたが、1年目としてはいい感じで終えられました。
これだけ勝つことができたら十分楽しく過ごせたと思われるでしょうが、家庭はもう大変でした。選手と保護者の信頼を得ることは家族に絶望を感じさせることになるのです。5月の連休に勝ち上がり、決勝まで進むとい言うことは、すべての連休の家族サービスが無くなると言うことなのです。「先生、最高の連休でした。お金も使わずに野球観戦ができて良かったです」と何人ものお母さんに言われましたが、我が家としては最低の連休なのです。代休も全然もらえず(申請すればもらえるのでしょうが、申請しないのが美徳と思われる時代でした)、やはりコスパタイパは最悪なのです。
女子バスケットボール部4年、野球部5年と部活動を自分なりに一生懸命やってきて、それなりの満足と結果は出たのですが、教員として理科教師としては何も成長せず、このまま残りの数十年を過ごすことになるという実感が背中を押し、このままではいけないとふつふつと思ってきました。それが大学院進学の1つの大きな理由となったのです。


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