㉑他律から自律へ、ノーチャイムの素晴らしい学校に

教師として考えること

大学院から戻って即33歳の加配生徒指導担当として授業はわずか週10時間でそのほとんどを問題生徒と対峙する役割を1年終えました。その前の担当は1年、その前も1年、その前は2年でこの担当を退いて転勤しています。1年が過ぎ、大変な思いで頑張ってきましたが、確実に成果は出てきました。職員で授業の空いている方たちを時間割から抽出し、喫煙現場となる渡り廊下のトイレ前に立ち番してもらいます。問題生徒が校外に出そうになったら即校門近くに張り付き、出させないようにします。部活動をサボって帰ろうとする生徒をなくすため、「放課後部活動参加指導」と銘打って、主顧問で無い先生を校門近くに張り付いてもらいます。

 そうやって地味な毎日の方策がいくつか功を奏し、だんだん学校は落ち着きを取り戻し始めました。着任当初とは全然違った雰囲気になってきました。それが半年経ち1年経つとまるで違う学校のようにもありました。「よくぞここまで」と1人立ち番しているトイレの壁側でほくそ笑んだこともありました。

 毎日の問題行動やその対応などを職員で共有するため、毎日、職員朝礼で「生徒指導担当の時間」をいただきます。そのときにトイレ立ち番や校門立ち番、放課後部活参加指導、そして給食献立(給食内容によっては物が投げられたり、あちこちに捨てられたりします)などを1枚ものにした「本日のシフト」を印刷し、全職員に配布します。四つ折りして胸ポケットに入るサイズにしました。それを作ることが毎夕の仕事になっていました。

 そんな中、学校が変わってきたことをアピールしてみてはという案が出て、それならノ―チャイムにしようということになりました。チャイムが無くても皆きちんと教室に入り、着席して授業の準備をして待つ、そんな空気がもはや簡単に出てくるのです。ノ―チャイムはなかなか教員にとってもキツイものです。ノ―チャイムとともに「2分前着席」を推奨したので教員も2分前には教室に入ります。そう職員室で談笑ばかりをしていられません。さっと教科書を持ってすぐに移動です。でもこれが定着するとかえって楽になります。確実に授業が始められ、本当に問題行動も無くなってきました。

 チャイムが鳴らないので校内に多くの時計を買いました。ベルマークでです。そしてその時計は職員室で合わせられないので、週番委員が担当の時計を毎月1回「時計合わせの日」を設定して、時報に合わせて調節します。コードレス電話をマイク近くに置き、それを放送することで1分違わない時計にします。このことを新聞4社が報道してくれ、確実に学校がよくなったアピールができました。FMラジオにも出演させてもらい、生徒会の充実ぶりを会長・副会長が語りました。委員会活動も部活動も多くは他律だったものが本当に自律になってきました。集会でも何も言わなくても並ばせて「気を付け」「礼」ができます。教員への話し方も変わってきました。本当に正しい敬語が使えるようになったのです。

 こうなったらしめたものです。しっかりと手綱を緩めず、高い目標を持ち続けることで生徒たちはどんどん高みへと成長してきます。もう私の役割は終わりました。そう、3年経ったので希望通り小学校への異動をお願いしました。「誰が生徒指導担当をしても確実にやっていける」そんな自信が持てました。希望が叶い、異動が決定。そして次の生徒指導担当も私が指名できました。なかなかこんなことはないでしょうね。どんなにつらくても体力的にしんどくても倒れてまでも涙は出なかったのですが、送別会で挨拶したときは思わず涙がこみ上げてきました。3年間の生徒指導担当、14年間の中学校勤務にお別れをして、4月からは小学校勤務になりました。20世紀最後の年でした。

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