同じように準備をしていても、授業がうまくいく日と、思うように進まない日があります。
内容はほとんど同じ。
流れも大きく変えていない。
それでも、教室の空気がかみ合う日と、どこかずれてしまう日があります。
教員を長く続ける中で、私は何度もその違いに戸惑ってきました。
そして少しずつ、「うまくいくかどうかは、準備だけでは決まらないのかもしれない」と感じるようになりました。
教室の空気がそろっているかどうか
うまくいく日の授業は、特別なことをしていなくても、教室の空気がそろっています。
子どもたちの視線が自然と前に集まり、声をかけるとすっと反応が返ってくる。
一人ひとりが大きく変わっているわけではないのに、全体として落ち着いた流れができています。
一方で、うまくいかない日は、どこか空気がばらばらです。
少しのざわつきが続いたり、指示が届きにくかったり。
無理に整えようとすると、かえって流れがぎこちなくなることもあります。
この「空気の違い」は、あとから振り返ると、はっきりと感じることが多いです。
教師の余裕があるかどうか
もう一つ感じているのは、自分自身の状態です。
うまくいく日は、自分の中に少し余裕があります。
予定通りに進まなくても、「少し変えてみよう」と考えられる余白があります。
でも、余裕がない日は、少しのずれにも反応してしまいます。
「時間が足りない」
「このままでは終わらない」
そう思った瞬間に、言葉が強くなったり、説明が長くなったりして、さらに流れが崩れてしまうことがあります。
授業は子どもだけでなく、教師の状態にも大きく影響されているのだと感じます。
一日の問題ではなく、積み重ね
授業がうまくいくかどうかは、その一時間だけで決まっているわけではありません。
それまでの関わりや、教室で過ごしてきた時間の積み重ねが、少しずつ影響しています。
日々の声かけや、ちょっとしたやり取り。
うまくいった日も、うまくいかなかった日も含めて、その積み重ねが教室の空気をつくっていきます。
だからこそ、ある日だけを切り取って「うまくいった」「失敗した」と決めるのではなく、少し長い目で見ることも大切なのかもしれません。
技術だけでは説明できないもの
授業の技術は、もちろん大切です。
説明の仕方や、板書の工夫、活動の組み立て。
そうしたことを積み重ねることで、授業は少しずつよくなっていきます。
でも、それだけでは説明できない部分があるのも事実です。
同じやり方でもうまくいく日と、そうでない日がある。
そこには、教室の空気や、人との関係、タイミングといった、目に見えにくいものが関わっているように感じています。
まとめ:違いは「見えにくいところ」にある
授業がうまくいく日と、うまくいかない日の違いは、はっきりとした一つの原因ではないのかもしれません。
- 教室の空気
- 教師の余裕
- 日々の積み重ね
そうしたいくつかの要素が重なって、少しずつ違いが生まれているように思います。
だからこそ、うまくいかない日があっても、必要以上に自分を責めすぎなくていいのかもしれません。
その日の一時間だけで判断するのではなく、また次の日、教室に立ってみる。
その繰り返しの中で、少しずつ流れが整っていくこともあります。
あとがき
今でも、「今日はうまくいかなかったな」と感じる日はあります。
それでも、また次の日に教室のドアを開けると、少し違う空気が流れていることがあります。
その繰り返しの中で、ここまで続いてきました。
授業は、思い通りにいかないことも含めて、教室の一部なのかもしれません。


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