授業と学び

㉓小規模校で好き放題

初めての小学校教員の学校はとてもきれいで新しく働きやすかったのですが、2年で異動になってしまいました。新しい学校はさらに近くなり、車で5分で通えます。児童数93人の超小規模校です。 少しはタイトル回収をしなければなりません。基本は「もっと教員を面白く」です。中学校教員も面白くないことは全然なかったです。特に最後の3年間はきつかったけど、やりがいはありました。自分で思ったことがそのまま実行できるのは本当に楽しいものです。本日のシフトを組むと誰もがその通りに動いてくれ、問題行動があっても、その対応をすれば喜んでくれます。立ち番も嫌がらずやってくれ、新聞にも何度も出ました。カウンセリングルームを作り...
教師として考えること

㉒小学校教員を始めて知る、相棒・女帝発見

初任者で就いた学校で何と14年も勤めました。今ではまず無いでしょうね。「初任3年」などとよく言われます。染みついた14年分の中学校カラーをまずは変えたいと思いました。初めての小学校勤務です。大学は小学校教員養成課程なのでここが自分の住まうところだという気持ちで4月1日、辞令交付式に臨みました。勤務していた中学校から車で10分くらいのところにある小学校です。家からは15分程度。いいくらいの距離です。まだ新築で3年くらいしか経っていません。完全なオープン教室で壁がなく、廊下が倍くらい広いのです。とにかく教室や職員室、学校そのものがきれいなのがいいです。学年は5年生担任、30人の子どもたちがかわいく...
教師として考えること

㉑他律から自律へ、ノーチャイムの素晴らしい学校に

大学院から戻って即33歳の加配生徒指導担当として授業はわずか週10時間でそのほとんどを問題生徒と対峙する役割を1年終えました。その前の担当は1年、その前も1年、その前は2年でこの担当を退いて転勤しています。1年が過ぎ、大変な思いで頑張ってきましたが、確実に成果は出てきました。職員で授業の空いている方たちを時間割から抽出し、喫煙現場となる渡り廊下のトイレ前に立ち番してもらいます。問題生徒が校外に出そうになったら即校門近くに張り付き、出させないようにします。部活動をサボって帰ろうとする生徒をなくすため、「放課後部活動参加指導」と銘打って、主顧問で無い先生を校門近くに張り付いてもらいます。 そうやっ...
教師として考えること

⑳常に辞表を内ポケットに

生徒指導担当を受ける際、「これは大変なことになるな」と思ったのは間違いありません。同時に今までの担当の先輩たちはこんな気持ちで職に向かっていたのかと感心したと同時に、それでもここまでひどい状態ではなかったろうに…となぜ自分だけと可哀想に感じていました。 担当を拝命し、「本日のシフト」を始め、いくつもの施策を行っていくことでこれから先、こんな仕事をずっとしていくのだろうかという疑問にもさいなまれました。学校長があと3年で定年を迎えます。校長室で2人で話す中で、「私もあと3年でこの仕事を降ります。3年経ったら素晴らしい学校にするので、私を小学校に異動させてください」。2人だけで他愛も無い話をしてい...
教師として考えること

⑲生徒指導担当倒れる

怒濤の1学期を過ごし、運動会も終え、少しずつ平和な雰囲気を醸し出す日が続くこともありました。このまま争いごともなく安定した学校になればいいなと思っていましたが、水面下ではかなりの出来事が起こっていました。 夏祭りのパトロールに出かけたとき、最も指導の必要な生徒が特攻服を着て校区内の有職少年のグループに入り、警察とひと悶着を起こしていました。深夜徘徊や不純異性交遊を指導する…なんてレベルではなく、集団でパトカーをひっくり返すのではないかと思うような勢いでした。さすがにこれは我々教員の手出しができる状況ではありません。有職少年にはここ数年の卒業生もおり、声かけ程度はしましたが、警察にあまり近づかな...
教師として考えること

⑱現場復帰は困難校の加配生徒指導担当に

2年間の大学院生活を終え、もともといた現場の中学校に戻ってきました。4月1日に出勤です。所属は変わらないので辞令交付はありません。職員室に行き、挨拶しました。校長も今年新しい方になられるので辞令で挨拶はできませんでしたが、午後には来られ、校長室で挨拶と相談です。 「みや先生、大学院でしっかり勉強して帰ってきたところ、悪いんだけど、学校全体の生徒指導担当になって欲しいんだ」。校長の提案はこうです。校長は著述で大変有名な方で尊敬していました。また、娘さんがおられ、バスケットボール部で監督をしていたのでよく知っていました。小学校校長を2校されており、58歳の今年、初めて中学校に転任。多分現役最後の学...
理科教育

⑰修論発表後「科学体験データベース作成

修士論文を提出し、その翌々日からアメリカに渡り、学会発表をしました。これだけ聞くと素晴らしい大学院生活だと思うでしょうが、本当に全部行き当たりばったりで本当にヒヤヒヤの連続だったのです。何とか司会や発表を終え、気持ちよく帰ってきました。そして、2月の修論発表会も無事に済ませられ、あとは現場に戻るのみでそこまでの1ヶ月は最高の環境で学生生活を満喫できるはずでした。1泊か2泊程度の小旅行も考えながら、プランを練っていました。 そんな気持ちで研究室に行き、片付けもしながらゆったりしていると、教授が来られ、「○○さん、ちょっといい?」と話しかけます。さすがにもう講義は無いし、講演で行かれるのなら送迎は...
理科教育

⑯アメリカの学会で発表そして無事修了

無事書籍2冊の原稿を提出し、そのうちの1冊を○○研究の資料として添付し、科学の体験とそれを実行に移すカリキュラムの作成という修士論文ができあがりました。プロパーの方たちはしっかりと教授について理学的プロコトルを踏襲し間違いの無い論文を出しています。3分の2以上はそうでしょう。専門家以外は口出しのできない内容です。それに対して私のように教育論文は誰もが口出しでき、内容も分かり、統計的手法が間違っていればそれは意味の無い論文ともなり、場合によっては「修士として見合っているのか」そもそも「修了できるのか」と疑問が生まれたこともあったそうです。実際私のような研究をした数年先輩も最後のまとめができず、発...
理科教育

⑮研究助成をいただきました

もう一つの貴重な体験は「研究助成」でした。大学からの研究費は研究室単位で経理をされており、だいたい学部生、院生の人数割となります。Y教授の研究室は院生が多いので比較的多くなります。その代わり学部生がいないので私の時は1年2年で11人分でした。それが何万円になるかは分かりません。ただ、1人何万円かあったとしてもそれがそのまま自分の研究に使えるわけではありません。コピー代や印刷費、共用の消耗品もそこから払うので何かを買ってもらうことはほとんど無く、多分誰も自分の研究に関するお金は自分で払っているでしょう。顕微鏡が要るとか、試験管やシャーレが割れて買わないと…とか、薬品も当然要ります。そう考えると理...
理科教育

⑭何と単著2冊出版

大学院在学中に「もっと面白く」なったことについてはいくらでもあるのですが、ここでは大きく2つ紹介します。それらは決して研究をしたり、論文を書いたり、学会で発表したりすることのみではありません。しかもどちらも決して働き方改革には関係しないのですが、自分が単なる「教員」だけではなく、別方向の可能性を示唆される出来事でありました。 1つめは書籍出版でした。M出版社から担当教授(Y教授)が監修をする自然と科学の活動をまとめたノウハウ本ですが、全10巻ですでに著者は決まっていました。10巻同時進行で原稿が送られてきては監修者が手直しして再提出させる作業が続いていました。1年生の後半、そろそろ先輩2年生の...